第35回ふくやまマラソン

撮影:福山市100周年撮影隊
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2月21日、早春の鞆街道を走る第35回ふくやまマラソン(市制100周年記念大会)が開催されました。この風光明媚なコース設定は大きな話題を呼び、エントリー開始後ほどなく2,000名の定員に達したそうです。この「鞆の浦コース」を10年前から提案し、今回実現に導いた苦労話をご紹介します。

じつは34年前の第1回大会にて、竹ヶ端陸上競技場から鞆を往復する20kmのコースが設定されました。旭化成の現役選手だった宗兄弟が1時間1分で走るなど、大きな話題を呼びましたが、鞆街道を交通規制したため大渋滞を引き起こしました。そのため地域住民から苦情が殺到した苦い経験があります。第30回大会の時にも鞆コース復活が画策されたのですが頓挫しています。今回、市制100周年を契機に復活を目指しました。

そんないわくつきのコースを復活させる前段階として、3年前から私の発案で「鞆の浦駅伝」を鞆・高島・水呑の3学区の体育会が協力して開催しています。駅伝なら交通規制も最小限で済み、マラソン大会開催の可能性を探るにはちょうど良かったのです。
また、3学区の住民の方が沿道で走路員等の役をボランティアで買って出てくださり、この時のボランティアの皆さんが引き続きマラソン大会でも活躍されました。このような地域力による駅伝開催という実績がマラソン大会に繋がったのです。
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駅伝のコースを決める時は、警察と一緒に実際に試走して中継点などを決めました。また、マラソンでは鞆を往復するとコース幅の関係から出場人数が制限されるし、交通規制の時間も長くなることから、鞆をゴールとした一方通行としました。そのような協議の結果、鞆の浦コースに対して福山西・東・北の3警察署が全面的に協力してくださいました。
大会運営も、福山市体育協会、体育振興事業団、市の職員他、多くの団体が協力した結果、おおむねスムーズであったと思います。

そのような苦労の末に実現した「鞆の浦コース」の評判は、なんと言っても田尻の三分坂を越えて海が見えた瞬間が素晴らしかったという声が多かったです。今までの箕沖の工業地帯のコースとは比較にならない感動がありました。
沿道からの応援も多く、ゴール後の鞆におけるおもてなしも良かったので、遠来のランナーも喜ばれたことと思います。ぜひ来年も継続して開催できるよう働きかけたいです。
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by kkochan-com | 2016-02-22 07:49 | Trackback | Comments(0)
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