国家の品格

11月12日に開催された、ベストセラー「国家の品格」を書いた藤原正彦さんの講演会に行ってきましたので、講演の要旨をご紹介します。
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小泉改革(規制緩和、自由競争の激化、行きすぎた市場原理)には、よくぞここまで日本の「国柄」を壊してくれたものだという印象だ。

弱者を守るのが「規制」であり、格差はあって良い!格差の質が問題なのだ。
以前は10%の金持ちと、10%の貧乏人と、80%の中流階級という構成であった。
しかし、このままでは1%の勝者と99%の敗者にわかれ、「中流」が消滅する。
現にアメリカでは貧困層が38%に達している。

「公平」は定義できない。
逆に不公平でないと弱者は守れない。
ボクシングの試合で、階級を無視したり、グローブを付けなければ大変な事になるのと一緒である。

古来より日本人の識字率(江戸時代ですでに50%)と、数学力は世界一だった。
文学作品(源氏物語等)の数も飛び抜けて多い。
日本は国語・数学力において断トツで世界一でなければならない。そうでなければこれからの日本は生き残れない。

「改革」は「改善」ではなく「破壊」であった。

それもアメリカの言いなりの改革であった。

日本人は元来、貧困には強く、金に無頓着な国民であった。「金・金・カネ」という拝金主義も無かった。特にサムライは貧乏であったが、その高い倫理性ゆえに尊敬されていた。

武士は喰わねど高楊枝、「やせ我慢階級」であった。

ところが、今ではホリエモンに代表されるように、金銭至上主義がはびこり、勝ち馬に乗らなければという風潮が強い。昔はそれを「風見鶏」と言って軽蔑されたものだが・・・

日本は「国柄」だけで持っている国である。

国柄とは、道徳・忠誠心・学力・勤勉といった、古き良き日本人が守ってきたものである。
決して政治が良かったわけではない。

教育問題も難しい。
残念ながら今の教育界は経済界に支配されている。

将来の国際人・経済人を育てるためとか言って、小学生に英語を習わせる意味は無い。英語力と国際性や経済は関係ない。

子供中心の教育では、教育改革はできない。子供におもねり過ぎである。教育の主役は大人である。 子供より先生や親が偉いのは当たり前である。

もっと自国の歴史に誇りを持たなければならない。

例えば「行列」は日本の数学者が発見した。

美的感受性もずば抜けていた。茶道、華道、書道など、日常生活動作の中に美意識を見出し、「道」にしてしまう国民性は日本人だけの物である。
自然に対する「畏れ」を知っていた。

今こそ「武士道精神」を見直す時である。
武士道とは、誠実・忍耐・惻隠の情・名誉と恥を知るなどである。

自由と平等は永遠に実現しない。

昔はいじめの初期に、いさめる声が出た。 しかし、今はそんな勇気のある子供が減った。

「卑怯」はダメという事を親が問答無用で叩き込まなければならない。理屈はいらない。
今では日本中の子供が「卑怯者」になってしまった。
それは親の責任である。
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by kkochan-com | 2007-11-22 10:31 | Trackback(1) | Comments(0)
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