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第2回「鞆の浦駅伝」が無事に終了しました

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 第2回大会は前回と比較して大きくコースが変更され、鞆の浦の奥深い地域「平」を回るという、本当に鞆の浦を一周するようなコース設定となりました。コース設定については福山西警察署と何度も折衝を重ね、実際にコースの試走も行いました。そして警察の全面的なご協力の元、コースの一部において車両の通行規制も行われることになり、より選手の走りやすい環境が整いました。その結果、当初の見込みを上回る50チームの参加がありました。選手の先導は白バイが担当してくれ、手作り大会にもかかわらず雰囲気は本格的になったと思います。今後、ますますの発展が期待できます。
 さて、今回は水呑・高島・鞆の各体育会が中心となって実行委員会を結成し、地元町内会をはじめ様々な団体にご協力をいただきました。さらにそれらの団体が自らチームを結成して出場されることににより一層大会が盛り上がったと思います。例えば、後援してくれた福山市教育委員会がチームを結成し、教育長自ら走られたりしました。
 また、今回からゲストランナーが参加され、大会に花を添えてくれました。その人は三原の鉄人(トライアスリート)福元テツロー選手であり、なんと一人で全区間を走破し、ゴール後はゴール手前で選手の激励、最終ランナーの伴走、各チームと記念撮影、閉会式で挨拶とフル回転で大会を盛り上げてくれました。ありがとうございました。
 私も「福山商工会議所青年部(YEG)かめチーム」の1区を走り、役員兼選手として頑張りました。走る前・走った後の選手の移動については随分考えて計画を立てたので、おおむねスムーズであったと思います。事故や怪我もなく無事に終わってホッとしております。関係者の皆さん、選手の皆さん、大変お疲れ様でした!
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by kkochan-com | 2014-11-17 13:14 | Trackback | Comments(0)

里山里地保全と「古典の日」に関連しての提案

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 11月17日から1週間にわたり「平成25年度一般会計決算特別委員会」が開催され、私は福山市の里山里地保全事業について質問しました。これまで3年間、山野地区、山手・津之郷地区、赤坂地区、内海地区の各モデル地域における成果と課題を整理し、来年度以降は対象地域を増やす等の施策拡充を図り、里山里地の再生と自立に向けての支援に取り組むことを要望しました。なお、10月に山野地区で開催された「里山コン」には男女60人の枠に150人の応募があり、結果として3組のカップルが誕生したとの報告もありました。
 特に山野地域については、9月に和歌山大学のシステム工学部・環境システム学科の原准教授ら有識者が山野町を視察に訪れ、水力発電所(写真)等の潜在的な地域資源を絶賛されたそうです。それらと里山里地協力隊の持つ技能を生かし、里山コン等のイベントを継続的に開催することにより地域の魅力発信に取り組むべきと提案しました。
 また、民間活力の活用により、6次産業化やコミュニティビジネスの創造により、新たな福山ブランドの創出に結び付くよう取り組むこと。さらに里山の有する特性を生かすべく、国・県の支援制度の活用や構造改革特区による規制緩和策の利用について研究することを要望しました。

次に11月1日が「古典の日」に制定されたことを契機に古典ブームが盛り上がっています。本市においても鞆の浦や明王院等の古典ゆかりの地のPRに取り組むことを求めました。
特に明王院が収蔵する「三十六歌仙扁額」等の文化財について、その内容を教育委員会として精査して取りまとめ、美術館等における一般公開を検討することを提案しました。
さらに中学校における古典教育については、「百人一首」を積極的に取り入れてゲーム感覚で古典に親しみが持てるようにすること。教員の古典の指導力の向上については、古典の専門家や郷土史研究家等の外部講師の力を借りて一層充実させることを要望しました。
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by kkochan-com | 2014-11-14 12:35 | Trackback | Comments(0)

台風被災1周年のタクロバン市を視察

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 親善友好都市・タクロバン市の台風災害における災害復興状況調査並びに防災対策を調査し、災害に対する備え、非常時における市民交流の在り方などについて研究するために訪問しました。
メンバー:早川佳行、大田祐介、連石武則(いずれも水曜会所属)
<11月5日>
出国:福山→福岡→マニラ→セブ
 タクロバン市からのリクエストにより、「タクロバン福山交流支援センター」に寄せられた寄付金を活用してセブ島にてガレキ処理用のダンプを購入し、フェリーでレイテ島のヒロンゴス港に送る手配を行いました。セブ島はレイテ島と比較して被害が少なく隣接する島であることから、レイテ復旧の拠点(物資搬送等)となっていました。セブ泊
<11月6日> 
 セブ港から高速艇でレイテ島・オルモック港に向かいました。オルモックは旧日本軍の拠点があった場所であり、歩兵第41連隊もオルモックに上陸してタクロバン方面に向かったのです。その足跡を車でたどり、道中にある激戦地・リモン峠の慰霊碑を参拝し、近隣に住む住民と交流しました。タクロバン泊
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<11月7日>
 今回の視察において様々な調整を担当してくれたカリーエムテックスの明平夫妻の案内により、最初に市役所に隣接する台風により被害を受けたジャパニーズ・マドンナパーク(日本兵慰霊公園)を訪問しました。公園周囲のフェンスが高潮により倒壊していましたが、レイテ州により修繕が完了していました。島内の多くの慰霊碑が損壊し、遺族会等が高齢化したため修繕が進まない中、マドンナパークの修繕が早期に行われたことを感謝したいと思います。
 続いてタクロバン市役所を訪問し、アルフレッド・ロマルデス市長と面談し、搬送したダンプを寄贈しました。ガレキ処理に活用させてもらうとのこと。市長は全世界からの支援により早期に復旧が成ったとは言われるものの、海岸沿いに住む住民の移転が課題であると述べられました。海岸より40mの範囲内に住む住民は新たに造成された集落に集団移転を行い、跡地は防波堤を建設するなどの高潮対策を実施する予定とのことです。なお、その設計にはJICAが関わっており、日本からの支援に感謝しているとのこと。しかし、集団移転集落は地権者との折衝や建築資材・重機の不足により計画は遅れているそうです。
 次に市内の主要交差点に建っていた「FUKUYAMA」タワーの再建・披露式が行われました。このタワー(時計台)は約30年前にYMCAの関係者により建てられたが、台風により倒壊したので、支援センターに寄せられた寄付金により再建されました。時計は日本からソーラーパネル電源式のものを私が持参して取り付けを行いました。
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 最後にタクロバン市民病院を訪問し、持参した中古医療機器を寄贈しました。あらかじめ病院側のリクエストを聞いたところ、世界中から様々な支援は受けているが、医療機器の多くが流されたため十分な診療が行えていない状況でした。寄贈した機器の内訳は福山市民病院提供の血圧計、有木医院提供の小型エコー(超音波診断装置)、脳神経センター大田記念病院提供の心電計2台、これらを3人で分担して日本より運搬しました。動作確認をした後に引き渡し、病院側より感謝状をいただきました。
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<11月8日>
 早朝5時半より台風被災1周年記念のウォーキング大会が開催されました。参加者は約1,000人、市長を先頭に海岸沿いの被災地を約6㎞歩きましたが、沿道の住民より市長に対する感謝の言葉が聞こえました。復興は予想以上に進んでいる印象を受けました。災害直後のテント村はほぼ解消されており、倒れた木を製材して建築資材にリサイクルし、支援物資のテントを解体して屋根に張った急造の家屋が多数見受けられました。フィリピン人の生活力の高さを感じました。
 10時より2,400人が埋葬してあるという集団墓地において慰霊祭(ミサ)が行われました。世界中のメディアが取材に来ており、主催側にはイメルダ・マルコス国会議員他数人の国会議員も参列していました。多くの遺族の参加の元、盛大な慰霊祭が執り行われ、犠牲者を追悼して復興に向けての誓いを新たにする式典は大変感動的でした。ただし、この場に親善友好都市・福山市の行政関係者の姿が見られなかったことを残念に感じました。
 慰霊祭の後、レイテ州選出国会議員による昼食会が開催され、復興に寄与した様々な支援団体が表彰されました。我々も福山市の代表としてイメルダ・マルコス議員より表彰を受けました。台湾の「ツチ・ファウンデーション」の代表者も参加していましたが、多くの支援の中で「ツチ」の名はひときわ印象深いという住民が多かったです。ただ支援を施すだけでなく、支援により何らかの復興へのサイクルが回り始める仕掛けを作っており、我が国も見習うべき取組みと感じました。
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 夕方、市郊外の集団移転集落を訪問しましたが、日本の支援により建設された仮設住宅が並んでおり、約90家族・400人のタクロバン空港近くの海岸沿いで生活していた住民が移り住んでいました。距離は離れているが海沿いの高台に建設されており、漁業に取り組むことが可能となっています。しかし、飲料水の不足等、不自由な点は多数あるとのこと。また成人男性の姿が少ないのは、台風の際に男性は家を守るために残ったため犠牲になったケースが多かったそうです。
 フィリピンは一般的に子供は多く、出生率は3を超えるとのこと。これはアジア諸国でも有数の数字であり、将来の日本の労働力不足を補う鍵となると思われます。英語も通じますし、今後とも交流の継続が必要と感じました。
 1周年の夜は全市を挙げての「キャンドルナイト」が行われ、街路に多くのろうそくが灯された様子は市民の一体感を感じる良い取組みであると感じました。
<11月9日>
帰国:タクロバン→マニラ→関空→福山
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by kkochan-com | 2014-11-10 12:42 | Trackback | Comments(0)

「古典の日」講演会

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11月1日は「古典の日」です。
県民文化センターにて古典の日記念講演会「源氏物語と百人一首」が開催され、私の高校の恩師・落健一先生が講演されました。私は実行委員として次のような挨拶をさせていただきました。
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皆様、こんにちわ。
 落先生がいつも講義の中で「出来の悪い教え子?」として紹介していただいているらしい、実行委員の大田祐介でございます。今日は古典の世界の「綾小路きみまろ」こと、落健一先生の講演会にようこそおいでいただきました。実行委員を代表して御礼を申し上げます。
 本日は百人一首がテーマという事ですが、ここで百人一首に馴染みのない方はいないと思います。一首も憶えていない方でも、「坊主めくり」をした事のない方はいらしゃらないでしょう。その際に「蝉丸」は坊主なのか?という問題があったはずです。坊主めくりで蝉丸をどう扱うかという「蝉丸ルール」が存在するほど、重要な?位置づけなのです。そして今日は落先生がそこからもう一歩深めて「逢坂の関」とはどこにあるのか?というような興味深いお話をして下さると思います。
 さて、私が附属に在学中「校内百人一首大会」がありました。競技カルタのルールを話せば長いのですが、「あ」から始まる歌は沢山あります。「あいみての」か「あしびきの」か「あさぼらけ」か「あきのたの」か・・・「決まり字」を聴いて手が伸びないと勝てません。私も必死で憶えて出場しましたが、なんと決勝まで進みました。対戦相手は西村さんという学校の先生のお嬢さんで、いわゆる才媛でした。対する私は体育会系でごらんの通り手(リーチ)も長く、なんと優勝してしまいました。私が「出来の悪い教え子」というのは本当はウソなのです!(笑) といわけで、皆様もぜひお孫さんたちと坊主めくりや百人一首をやってみてください。
 さて、落先生の市民大学等の講義は大人気だそうで、今までの講義をDVDにして本日ロビーにて販売しております。この売上は広島の豪雨災害を受けた地域と、昨年11月の台風で甚大な被害を受けた親善友好都市のタクロバン市に寄付する予定です。被災1周年に私がタクロバン市を訪問して手渡して来ますので、DVDのご購入をよろしくお願いします。
それでは最後までごゆっくりとお楽しみください。
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by kkochan-com | 2014-11-01 13:41 | Trackback | Comments(0)