41連隊の戦死者の消息

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41連隊に関するお問い合せがありましたので、ご紹介します。
このような雲を掴むような質問に対して適確に回答することができて嬉しく思いました。
写真は支那事変に出征する際、市長から激励の挨拶を受けている様子です。(昭和12年7月31日?)

 大田様、初めてメールをお送りさせていただいております。私の伯父◎本△男のことを調べております。
伯父は歩兵第41連隊に所属し、昭和16年4月19日に中国浙江省港口鎮において戦死いたしました。
私は戦後生まれですので当然伯父には会ったことはありません。又、伯父の存在についても3年前まで知りませんでした。伯父の存在を知って以来、伯父のことをもっと知りたいという思いが日毎募って来ております。しかし調べるにしてもどこから手をつけていったら良いのか分からないと思っていたところ、たまたまネットで大田様のことを知り早速メールを出させていただきました。
何か伯父のことを知る手掛かりはございませんでしょうか。ご助言賜れば大変嬉しく思います。
どうぞよろしくお願い申し上げます。

<私の回答>
 大田です、お問い合わせありがとうございます。
片岡修身著「福山聯隊史・中国編」(昭和53年発行)に◎本△男兵長の名前が載っていますので、ご参照ください。(コピーを添付)
戦死された昭和16年4月19日は生存者によれば、「寧波」にて泥濘膝を没する海岸における敵前上陸を敢行した日であり、多くの戦死者を出した想い出深い日だそうです。寧波は「ニンポー」と読むそうです。

NHK戦争証言の日本ニュースにて、寧波上陸作戦の映像を見ることができます。
もしかしたら伯父さんも映っているかもしれませんね。
(4)「浙東新作戦」をご覧下さい。
http://cgi2.nhk.or.jp/shogenarchives/jpnews/movie.cgi?das_id=D0001300432_00000&seg_number=003

しかし、生き残った将兵はその後のマレー作戦、東部ニューギニア戦で大変な苦労をされました。
その様子は岡今朝像さん(41連隊・機関銃中隊長)の証言をお聞きください。
http://cgi2.nhk.or.jp/shogenarchives/shogen/movie.cgi?das_id=D0001100509_00000

甥が関心を示され、伯父さんも喜んでおられることでしょう。
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by kkochan-com | 2013-07-20 17:47
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